2025/12/31 07:46
“手間”のかかるものは高価になるということがあります。
高価なものになってしまうと普段使いで気軽に使う気にはならないもので、
生活との“なじみやすさ”みたいなものが少なくなるような気がします。
かといって“手間”を削ると粗雑なモノになってくる。
粗雑なモノになるとすぐ壊れやすく、使えないだけでなく使いたくない気持ちになる。

・写真は以前作った試作品の大きいパニエ、使いながら考えることでつくることに繋がってくる。
今の世の中、安価で便利な素晴らしいモノがいくらでもありそれで十分足りてしまう。
多くの人の必要性から考えられる工業製品などを見ていると関心します。
「もう作らんでもいいかもな、、、」なんて気持ちになる。
でも手作業で作られたものが部屋に増えてくると何か違う雰囲気が現れてくる。
“手間”がかかるからとか、高い安いとか、そういったことともう少し距離を置いてモノを作っていたいなと思う。でもなかなか難しい、、、
そういったこともデザインとして含んで向き合いたいと思っています。
野良籠でやりたことは高価でおしゃれな籠を作りたい訳でも、粗野ですぐ壊れてしまうような安い籠を作りたい訳でもない。具体的な暮らしのシーンに“寄り添う籠は何なのだろう?”を考たいと思っています。
個人的に大事だと思うのはこれが“オーダーメード”にならない方がいいってことです。
1000人の為に籠を作っているのではなく、100人の為に作っている感覚があって、その中の1人の人と協力して残りの99人に向けてカタチにしているような感じです。
だから手間をかけて高価にすれば良いってもんじゃないし、手間を省いて粗雑にして良いもんでもない。手作業の“あたたかさ”が届く範囲ってものがあると思っています。
多く売れることが大事なのではなく誰かの“あったらいいなぁ”の想いがカタチになること、それに共感してくれる人に少しずつ届いていくこと。そうすることで、そこで生まれた道具もその暮らし自体も肯定されていくことになるんじゃないかと思います。
「そんなの当たり前でしょ」って言われてきましたが少し違う気がしています。
まだまだ上手く伝えられないけど、たぶんこれは時間がかかるんです、時間をかけた方がいいんです。
